(朝日新聞 社説から)

         柳沢発言の 罪と 功

 「女性は子どもを産む機械」。柳沢厚生労働相のこの発言で空転していた国会が、一週間ぶりに正常化した。きのうの衆院予算委員会で、審議ボイコットを続けてきた野党も出席して少子化対策の集中審議が行われた。産科医療の危機、ワーキングプアの拡大、高い保育料や貧弱な奨

学金など、論戦に耳を傾けていると、少子化の問題は実に多様なな論点をはらんでいることに改めて気づかされる。子どもを持ちたい人が将来の希望を描ける経済と社会をどうつくっていくか。地域医療の現場を改善し、安心して子どもが生める環境をどう整えていくか。保育などの支援体制を

充実させ、長時間の時間外労働が当たり前の働き方を見直して、子育てと仕事が両立できる社会をどう築いていくか・・・。少子化について考えることは、私たちの行き方や社会の根幹を見つめ直し、未来図を描くことにほかならない。ひとりひとりの価値観を認めつつ、少子化対策への合意をどう

つくりあげていくか。極めてデリケートで難しい問題なのだ。深刻なのは、そのかじ取り役であるはずの厚労相が、多くの国民を失望させる発言を重ねていることだ。女性を「産む機械、装置」にたとえ、追い打ちをかけるように、「若い人たちは、結婚したい、子どもを2人以上持ちたいという極めて健全

な状況にいる」とも語った。子どもがいなかったり、1人だったりする人は「不健全」とでも言うのか。そう批判されても仕方がない。だが、柳沢氏の去就はともかく、発言を「けがの功名」に変える道がある。発言が呼び覚ました少子化への関心を、本格的な政策論議につなげることだ。政府が初めて

総合的な子育て支援策をまとめたのは95年度から実施された「エンゼルプラン」だった。以来、さまざまな対策が打ち出されてはきたが、問題の核心に迫ることは出来なかった。出生率が戦後最低を記録した1・57ショックから20年近く。少子化に歯止めがかかる兆しはない。この間、与野党ともこ

の問題に腰をすえて本気で取り組んできたといえるだろうか。皮肉なことだが、柳沢発言がなかったら、この集中審議自体開かれなかったことだろう。安倍首相は集中審議で「柳沢氏の発言は不適切だったが、めざしている方向に誤りはない」と柳沢氏を擁護した。ならば、できるだけ早く安倍政権

の少子化対策をきちんとまとめ、国民の前に示さなければならない。民主党など野党の側も、辞任の要求とは別に、それぞれの少子化対策を示して競うべきだ。なかには、すぐにも超党派で進められる政策もあるはずだ。それにしても解せないないのはNHKの姿勢である。国民の関心がこれだけ高い集中審議を中継しない公共放送とはなんなのだろう。